last updated 1997/09/13
第121話(全130話)
オアシス(4/4)
どうやら、ルーワンとケダックは前々からマリカのことを調べていたようだ。
「人の国をスパイすることもケダック流なの?」
「最小の力で最大の効果を引き出すためには、情報が役に立ちます」
「けれど、失敗だったようね。あなたの言った通り、あたしは無理に押し付けられたら、必ず
反発するのよ。あなたたちに協力なんてしないわ。真っ平よ」
言ってマリカは剣を振り上げる。
ルーワンは笑った。
「そうやって、すぐに無駄な力を使おうとする。これだけの兵隊に囲まれて、しかも敵陣の真
っただ中だ。あなたの知らない秘密の罠もたくさん仕掛けられている。なのに、ここで虚勢を
張って何になるんです。あなただけでなく、仲間の命を危険にさらすだけじゃないですか」
言われてマリカはマスターたちのほうへ視線を投げる。
マスターは心配そうに彼女をみつめていた。マスターの視線から、またあの奇妙な暖かさが
伝わってくる。マリカがエルモの森で胸をキュンと痛めた時に感じた、あの忘れ物をみつけた
ような感覚。
フィンフィンはマリカに心で語りかけていた。〈ぼくたちのことなら大丈夫。マリカは自分
の気持ちだけに従えばいいんだよ。風に従えばいい〉そう言っていた。
ワーターは心底怯えきっていた。グリフォンは自分とマリカとの間に檻が立ちはだかってい
ることに動揺している。生まれたからいままで、一度も周りを鉄の柵で囲われたことがないの
だから当然だ。ケダックの機械や兵隊ではなく、ワーターは檻に怯えていた。
ケンプはいつでも檻を弾き飛ばそうと、体に「力」を集めて身構えている。ケンプなら、徹
の柵などひと息でばらばらに吹っ飛ばせるだろう。赤ん坊とはいえ、ドラゴンなのだ。檻など
に囚われて、尻尾を巻くような弱さは微塵もない。
パピロは周りのことなんかに感心をはらっていないようだった。彼はビッガイの月を見上げ
て、ひとり歌を口ずさんでいる。いつだって自分勝手、気ままなパピロはいまも、ひとりで勝
手に場違いもはなはだしく、月祭りを楽しんでいる。しかし夜空に浮かぶドンロンの壮大なき
らめきが、ビッガイの静かな瞬きを邪魔しているようで、それがパピロには気に入らないよう
ではあった。
一同の顔を順繰りに見て、マリカはひとつ息をつくとルーワンに目を戻す。
「・・わたしは旅の途中です」
マリカは言った。言いながら剣を下ろし、腰の鞘にカチンッと音を立てて納めた。
「わかっています」とルーワン。
「旅の目的もあなたの情報の中にありましたか?」
「いいえ」
「ならば教えましょう。わたしは自分を高めたいと思ったのです。本当の自分を捜し出したい
と願いました。けれど・・」
マリカは言葉を切る。自分の気持ちを整理しているのだろう。マリカは心の中にエルモの森
の入り口でひと目だけ見かけた、あの幻の少年の姿を思い浮かべる。草原に浮かび、マリカへ
と手を振った少年。体は半分透明で、それは・・。風のようだった。
「いまわたしは風に従っています」
「風?」
「わたしに進むべき道を告げるのは風だけです」
「風が命じるのなら、反発はしないと?」
「ええ」
「風はどこへ行けと言っていますか?
「風に運ばれて、わたしはあの島へと行き着きました。もし違う風が吹いていたら、あなたに
は逢わなかった。違いますか?」
「ドンロンからドラゴンと共に逃げたと報せを受けて、私は風下にある島へと赴いたのです。
スレイヤーたちが集まっているのは予想外でしたが、それでもあの島でテオに起こりつつある
危機の芽を見ることはできました」
「あの島が風下にあったのは偶然ですね。わたしはいま、そんな偶然に導かれて旅をしていま
す。風はわたしをこのケダックまで運びました。ならば、それにも意味があるのでしょう。反
発はしません。あなたのお話を伺います」
言うマリカをルーワンはちょっと意外そうにみつめる。もっと抵抗するだろうと予想してい
たのだ。少なくとも剣で斬りかかってくるだろうと。
仲間たちか。
ルーワンはマリカが仲間たちのほうに目をやった後で、態度を急変させたのに思い当たった
。フィンフィンかな。フィンフィンが何かを彼女の心に話しかけたのに違いない。
「フィンフィンはあなたに何と言ったのです?」
その問いに応えたのは、マリカではなくフィンフィン自身だった。フィンフィンはルーワン
の心へと語りかけた。
〈風に従いなさいって、そう言ったんですよ。最小の力で最大の効果を引き出したいのなら、
ルーワンも風に従ったほうがいいよ。吹く風の色を読み、その意味を考えることは、きっと人
を欺く計画を立てるよりも簡単なはずだから〉
「風か・・」
ルーワンは空を見上げた。風を塞き止めるように浮かぶドンロンが、城の上を吹く風をいた
ずらにかき回しているようだった。これでは風は読めない。
ルーワンはスイッチをもう一度押した。マスターたちを閉じ込めていた鉄の柵が地中へと引
き戻されて行く。檻が消えて、真っ先に飛び出したのはワーターだった。ワーターはマリカに
駆け寄ると、その体に激しく頬ずりをする。そのワーターの脇腹を軽く叩いて、マリカは自分
に歩み寄ってくるマスターとフィンフィン、そしてケンプとパピロをみつめる。
風が集めた仲間たち。
彼らはマリカの決断に意を唱えようとはしていない。誰もが風の色を同じように読み取った
のだろう。
どんなささいなことにも意味があるのだとしたら、ルーワンがマリカを騙したことにも、そ
れなりの大切な意味が隠されているのだろう。マスターもフィンフィンもそれがわかった。
「では、案内しましょう」
ルーワンは言うと、泉の下に続く階段へと、マリカたちを招いた。
「わたしは星読みたちに命ぜられています。マリカたちを地下へ導け、と」
ルーワンは先頭に立って階段を降りて行く。
マリカたちはその後ろに従った。マリカの赤い髪が背中か顔のほうへとなびいてくる。マリ
カはその顔にかかる髪をゆっくりとかき上げながら、ポツリと呟いた。
「追い風だわ」
その意味を理解して、ピートは静かにうなずきを返した・・。
(つづく)
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